随想 第113回 瞬間芸

若い頃に親しくしていたイラストレーターに「写真は瞬間芸だ」と言われたことがあります。たしかに絵筆で描くのと違って写真はカメラで瞬間を切り取ります。当時は理解できなかったのですが最近はその通りだと思うようになりました。

知床観光船の痛ましい事故。テレビなどで多くの動画が流されていましたが、必死になって捜索するヘリコプターと荒れる海の波を捉えたある新聞社の写真(静止画)がもっとも「悲劇の海域」を伝えていました。写真の力強さを再認識した次第です。

少し古い本ですが「美しき日本の残像」(アレックス・カー著 新潮社)に「一瞬を大切にする日本文化」という章があります。

要約しますと歌舞伎で見得(みえ)を切る時、両手を張り延ばして目線を交差することは一瞬の気持ちを強調するための技術で、こうして瞬間に集中するのは日本文化の特徴だとのこと。

また、中国の長い詩と比べると日本は短い俳句で、目の前の瞬間を捕まえようとします。蛙は古池に飛び込み、そしてただ「水の音」。俳句や和歌の短い詩の分野で日本は素晴らしい独特の文学を作ったと述べています。

写真も同じで日本人の感性とよく合い、プロ写真家の数も写真愛好家の数もおそらく世界一でしょう。そして連日、数々の傑作が生みだされています。写真を生業とする者として誇りに思います。

しかし同著でカー氏は「日本文化はもう終わりです」とも書いています。

これも要約しますと90年代には「日本の醜さ」はさらに進み、山、川、海岸はコンクリートに覆われ、京都をはじめ歴史都市は実につまらない町に変化してゆき、ついに日本は本格的な文化危機に陥ってしまいました。国土をこれほど汚してしまった国は先進国で他に例がない、と嘆いておられます。

確かに90年代はまだ経済成長期で日本文化を顧みる余裕はありませんでした。ですが2000年以降はこの文化危機を救うべく、わが国の高い技術力で町並み保存や自然保護などに取り組んでおります。

少しずつですが改善されていく日本文化にもう一度目を向けていただくよう著者のカー氏にお願いしたいと思います。