随想 第116回  人生の教訓 (前編)

10年前に88歳で亡くなった邱永漢氏の「旅は電卓と二人連れ」(新潮文庫)から感銘を受けた二つのエピソードをご紹介します。

まず一つは「漓江(りこう)下りで得た人生の教訓」。

漓江下りは中国桂林の奇岩が続く船下りで、行かれた方も多いと思います。船着き場を出発すると窓から南画の世界が広がり、とても船室にひっこんではおれず、誰もが甲板に出てシャッターを切り続けます。次々と展開される風景に感嘆の声があがり、甲板は人であふれます。

ところが天下の奇景も山が五つか十くらいで終われば感激もひとしおですが、なんと五時間近くも延々と続くのです。半分も行かないうちに人々は山を見るのに飽き、一人また二人と船室に戻って料理への不満やお皿が欠けているなどの文句を言いだします。

このとき著者は「漓江下りは人生そのものだなあ」とつぶやきます。

「いくら好奇心に充ちた新婚生活でも、同じことが長々と続くと飽きがくる。人生もあまり長生きすると途中でだらけてしまう。芝居も人生も飽きないところで幕を下ろすのが大切だ」

というのが、桂林旅行で著者が得た最大の教訓でした。

以上のように述べた邱氏はその後も長生きされましたが私もとうとう後期高齢者になってしまいました。

さて、勝手に幕を下ろせない人生である以上今後どうすればいいのでしょうか?

(つづく)