第23回  決定的瞬間

前回のこのページで「さらばアメリカ」を書いた翌月にアメリカへの同時多発テロが起きました。被害に遭われた皆様に心よりお悔やみ申し上げます。

屋上で強風と戦いながらニューヨークの街を撮影した世界貿易センタービルが一瞬にして崩壊する様をテレビの映像で見せられ愕然としました。阪神大震災の直後に神戸を取材した時と同様に今まで築き上げてきた物が消失するのを目の当たりにして虚無感に陥ってしまいました。

しばらくして「TIME」誌などが今度は「写真」で惨状を伝えています。見ているうちにテレビの映像との違いを感じました。飛行機がビルに激突した直後に窓から落下する数人の人々がくっきりと捉えられていたり、1時間近くかかってやっと1階に着いた灰まみれの人々が地上の明かりを見た一瞬の表情から「地獄からの生還」を読み取る事ができます。つまり、これらの静止画像(写真)には永遠に定着された「決定的瞬間」が写し込まれているのです。

「決定的瞬間」という言葉はフランスの写真家カルティエ・ブレッソンが1952年に出版した写真集のタイトルで、一瞬を定着するという写真の重要な機能を言い当てており、以来一般的に使われるようになりました。

ただ、カルティエ・ブレッソンの本来の意図はシャッターチャンスのよさを得ることだけではなく、意識と視覚が一つになり内容と形式が合致した瞬間を「決定的瞬間」と言っているところが重要です(「写真芸術を語る」金丸重嶺著・朝日新聞社刊)。

私たちが撮影している風景や風物でも「決定的瞬間」がいかに大切な要素となっているかお分り頂けるでしょう。朝霧が立ち込める湿原…このような静的な写真でも撮影者が自分のイメージを求めて何日も通ってやっと出逢った「決定的瞬間」を捉えているのです。

「決定的瞬間」を逃さないためには次のような努力が必要です。まず、普段から反射神経を鍛えること。スポーツが最適ですが車の運転をしたり人とよく話したり、歩きながら何かを発見するのも良いでしょう。

そしてもう一つは予測能力を高めること。空が急に暗くなり厚い雲が近づいてきたらその方向に目をやると雨になるのか雪が降り出すのか大体予測できます。日の出の時には太陽が顔を出す直前に天に向かって放射状に光線を引きますのでそれで太陽の位置を予測することができます。

人物のスナップでも同様です。ここで立ち止まった二人はどうするのだろうか…手をつなごうとしているのか、キスをしようとしているのか「勘」を働かせば事前に準備できます。フォトギャラリーの「パリの恋人たち」はこうして撮影しました。

チャンスは油断していると一瞬に逃げ去ります。皆さんも以上のことを心がけて「決定的瞬間」を逃さないように…。

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