いざ ロワールへ
次の目的地、ロワールへ向かうことにした。フランス最長の川ロワール川流域に広がる地方で、温暖な気候と肥沃な土地で知られている。そして、15世紀から16世紀にかけて宮廷がこの地に置かれ、王侯貴族たちがこぞって城館を建てた。宝石のようにちりばめられた古城の群れが待っているのだ。
パリから南西へ230km、パリのオーステリッツ駅から鉄道で2時間のトゥールで下車。駅前でレンタカーを借りる。私一人と荷物さえ載ればいいので安価なコンパクトカーを頼んだ。目の前に現れたクルマを見て驚いた。農園の前に置けばピッタリの古めかしいスタイルのルノーだった。もちろんオートマチックではなくマニュアルシフトだ。
ヨーロッパではマニュアルシフトが標準である。燃費などの経済的な理由に加えて、オートマチックは2ペダルのため踏み違えると事故につながるという安全性の問題らしい。覚悟はしていたがそれにしてもこのルノーのマニュアルシフトは扱いにくい。シフトレバーがフロアではなくダッシュボードにあるコラムタイプなのだ。これでは一人で地図を見ながら運転するのは至難の技だ。そんな危険な運転は止めろ、ということか…。
物価の違い
運転するだけで疲れ果てて、最初の訪問地アンボワーズに着いた。たそがれの町外れの小さなかわいいホテルにクルマを止める。レストランの奥にある受付に行き、ベルを鳴らすと色白で美人の女主人が出てきた。どうせ言葉が通じないだろうと腕と頭を傾けて寝る真似をするとなんと 「Can
you speak English?」(英語が出来るか?)と久しぶりの英語が聞こえたのである!日本語と同じぐらいにうれしくて思わず彼女の手を握りしめた。
もうひとつうれしいことに部屋代がパリの3分の1。しかも部屋は広くて、シャワーではなくバスタブ(浴槽)付だ。どの国でもそうだが首都の物価が一番高く、2〜3時間走ればこれだけ安くなる。そしてこの主人のように人情味も増す。
久しぶりの英語とバスタブでゆったりとお湯につかり、疲れた体をほぐして快適な眠りにつくことができた。
古城巡り
料理もパンの美味しさもフランスは抜きん出ている。朝は美味しいパンとコーヒーさえあればハムやベーコンなど欲しくもならない。
さて、まず町を見下ろす岩山の突端に立つアンボワーズ城に登る。花が咲き乱れる中庭から城を撮影した後、城壁の上に乗り出すようにして建つ聖ユベール教会へ。このテラスからはアンボワーズの古い町並みとロワール川が見渡せる。素晴らしい眺望にカメラを向けたとき、何人かの観光客とガイドがやって来た。城の説明をしているようだがなんと美しい言葉だろうと撮影しながら聞きほれていると「ジャポネ…」と聞こえた。振り返るとガイドがこちらに向かって「ジャポネ(日本人)?」と問うのでうなずくとにこやかに手を振ってくれた。パリにはなかった、のどかなひとコマである。この暖かな雰囲気がたまらない。
アオリ撮影
その後、シュノンソー、シュヴェルニーの各城を撮影してシャンボール城までやって来た。この城は、狩猟で有名なソローニュの森(パリ市と同じ広さ!)にフランソワ一世が莫大な費用を投じて建てたロワールの城の中で最も豪華で雄大な城だと言われている。木々を前景にして広大な庭園の向こうに堂々と立つ城にピントを合わせる。大型カメラのピントグラスを覗くと一幅の絵になっている。写真好きな日本人に最も好まれる城であろう。
少し変化のある写真を撮りたいので中型カメラで覗いてみたが何か落ち着かない。城が堂々と見えないのだ。これは小型や中型カメラでは建物を見上げると歪みが生じて傾いて見えるからだ。ことに広角レンズではより誇張される。ビルの撮影などではその歪みが逆に「迫力」となる場合があるがロワールの城には似合わない。
このような歪みを矯正するのが「アオリ撮影」である。その原理を簡単に説明すると、大型カメラは大きな暗箱なので後方のフィルム面だけを垂直にしておいて、前方のレンズを上方に上げていくことで「見上げた」のと同じ撮影ができるのだ。フィルム面が垂直であれば建物は歪まない。中型カメラや小型の35ミリ一眼レフでもアオリ撮影が出来るレンズが数社から発売されているので興味のある方はメーカーに問い合わせるとよい。
ルノーを見直す
貴族や貴婦人らに囲まれて、歴代の王たちが華やかな宮廷生活を謳歌していたころを思い浮かべながらシャンボール城を後にした。
トゥールまで戻って今度は西側に点在する城を巡った。合計すると10ほどの城を撮影したがそれぞれが似て非なることが分かった。城というよりも「館」と言った方がよいほど華麗なものもある。聞けば女性の手によるものがいくつかあるとか。これだけの数の城を一度に廻ったのは初めてであるが、創建時のエピソードなどを知っているともっと楽しい古城巡りとなるだろう。
さぁ、いよいよルノーを返す日が来た。いつもそうだが何日間か付き合っていると愛着が湧いてくる。最後まで運転はしづらかったが、古風なスタイルはなかなか良い。ある日、観光客の少ない古城の前にポツンと停まっている「愛車」を見た時に、ウ〜ン、カワイイやつだ!と思った。よーし、これからも必ずその国のクルマを借りることにしよう…。(次へ)
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