モントリオールのノートルダム大聖堂やケベック市のシャトーフロントナックなどで荘厳な雰囲気を堪能する。言葉では不自由したもののまだヨーロッパを見ていない二人は「これでヨーロッパへ行かなくってもいいね。」と話しながらボストンへ向かう。
国境にさしかかったとき王さんが「あっ、星条旗だ!」と叫んだ。遠くに見慣れた旗が翻っている。胸がジーンと熱くなる。まるで祖国に帰った思い。この時「アメリカ」という国がいかに我々に影響を与えているか分かった。
ボストンは「歴史の街」だけに味わい深い北ヨーロッパ的な情緒ある街並だ。ただ、天候も北欧のようなどんよりとした曇り空が続きついに雨が降り出した。この日は王さんも知人に会いに行くというので僕も「休日」にしてボストン美術館へ出かけることにした。
この美術館は日本美術、中でも浮世絵のコレクションで有名である。なんと京都の「洛中洛外図」もあり仔細に見ていると懐かしくなってくる。日本を離れてもう3週間が過ぎた。一人になるとすぐホームシックになってしまう。二人旅のありがたさをかみ締める。
「印象派」の展示室で見たルノアールが忘れられない。日本の展覧会なら満員でゆっくり立ち止まって見ることが出来ないであろう「名作」が今目の前にある。しかも周りに誰もいないのだ。食い入るように見つめていると描かれている人物がワルツにあわせて踊りだす。こちらまで踊りたくなるほど陽気な色使い、筆使いだ。
この日に「印象派」から受けた「印象」がそれからの僕の色使いに決定的な影響を与えたようだ。ルノアールに、ボストン美術館に、そして「アメリカの富」に感謝せねばなるまい。
次のニューヨークへはバスで5時間。バスといってもトイレ付きで休憩もあり快適だ。でも女性の一人旅なら夜間は避けた方が無難。
さてこの街はいうまでもなく世界一の国際商業都市。あらゆる国の人々が忙しく動き回っている。ボストンが京都ならここは東京だ。エンパイアビルやセントラルパークなどすぐに撮影したいのだがなかなか晴れない。カナダ西部の抜けるような青空が懐かしい。
次の日も雨だった。仕方なく一人で美術館めぐりをする。メトロポリタン美術館も良かったが本命は近代美術館の写真展示室。入ってすぐに独特の雰囲気に気付いた。この部屋だけ「色」がないのだ。全部モノクロームのプリントだった。
ヨセミテ国立公園の作品で有名なアンセル・アダムスのコーナーへ来て思わず息を呑んだ。何というシャープさ!そしてグラデーションの美しさ!これが
8インチ×10インチの大判サイズのオリジナルプリントなのか…。印画紙でいう六つ切りサイズのフィルムで撮影して同サイズの密着プリントしか作らないというこだわりが生むシャープさなのだ。これだ!写真本来の持つ素晴らしさを目の当たりにしてしばらく動けなくなってしまった。
写真がアートと認知され絵画と対等に陳列されている。さすが「写真の国」だ。当時の日本ではまだ考えられないことだった。でもこれから日本でも写真がアートとして迎えられる日がきっとくるのだと思うと元気が出てきた。
帰途、売店に立ち寄って特に感銘を受けたアンセル・アダムスの「月の出」の購入を申し出たところ価格を聞いて驚いた。20万円!写真にそれだけの高値がついていることは嬉しかったが当時の僕には買えなかった。最近作者が亡くなり、あの時なら本人が自らプリントした物が手に入ったのかと思うと悔やまれてならない。(続く)
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